ノンクリスチャン向けの聖書の学び会 はじめに〜Step1

こんにちは。うさぎ飼いです。

東大の本郷キャンパスのすぐ近くにあるキリスト教系の寮、東大YMCA寮にて、ノンクリスチャン向けの聖書の学び会を開催しました。

私の教会の宣教師の先生のお力を借りて、寮にて食事の交わりをした後、テキストの学びをするという感じの会です。

第1回は、なぜ聖書を学ぶのか?キリスト教って?ということをみんなで共有しました。

初めて聖書を開く人のための12のステップ

そして、第2回目からテキストを使って実際に実践。

使ったテキストはこちらです。

このテキストは、初めて聖書を学ぶ人にとってすごくいい本です。

難し過ぎないけれど、要点を抑えていて、初めて聖書を学ぶ人と一緒にディスカッションできるのにちょうどいいテキストです。

「はじめに」の概要

「はじめに」で学んだことは、こんな感じです。

  • 神が人間を作られた
  • 神のために生きる
  • 愛し合うこと

なんだかとてもシンプルでわかりやすい日本語ではあるんですが、とても突っ込みどころ満載ですよね!

ただ、みんな真面目なので(笑)、みんな真剣に考えて、いろんな人が色んな体験談や疑問や思ったことをシェアしてくれました。

神さまの道とは

そして、こんな質問がでて、ディスカッションしました。宣教師の先生のお力を借りて、みんなで答えを考えるという感じです。

神様の決めた道を歩むということは、最初から人生が決められているということですか??

・神様が与えた才能(タラント)を使うことが、神様に喜ばれること。人それぞれ色々な道があり、色々な才能があり、神様のため、人のために賜物を使うということ。
・神さまはただ才能を与えてくれただけで、どんな道を歩むかが決まっているわけではないけれども、与えられたものを思いっきり使うということが神さまに喜ばれること。

それが次の「神様のために生きる」に繋がってきそうです。タラントの例えを引用します。

14 また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。 
15 すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。 
16 五タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。 
17 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。 
18 しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。 
19 だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。 
20 すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。 
21 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。 
22 二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。 
23 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。 
24 一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。 
25 そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。 
26 すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。 
27 それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。 
28 さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。 
29 おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。 
30 この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。 

マタイによる福音書25章14〜30節

神さまが私たちに与えているのは、タラント(才能)であって、すべての道を決められているわけではないということですね。

神さまに与えられた才能を喜び、活かし、道を選択していくということが、「神さまに与えられた道を歩く」ということもできます。

神さまのために生きるとは

神様のために生きるとは、大いなる存在に自分を委ねることだと認識しているけれど、神様に感謝して生きるとは?

・色々な人がいるけれども、うまくいかない時や混乱している時に神様に助けを求める時、食事の恵みが与えられた時、など人生の中で体感していく。
・神様が人間を作られたということに関連していて、神様が愛を持って私たちを作られたということが実感出来た時、神様が私達を完璧に作ってくださったことが実感でき感謝できる。また、神様からの愛を自分自身が感じることで、他の人に愛を持って接することができる。

これは結構体感とか経験によるものが大きくて、みんなが一つの回答に至るものではないなと感じました。

でも、1つの抽象的なことに対してみんながそれぞれの答えを持っているのがこのディスカッションの面白いところ。

Step1の概要

「Step1」で学んだことは、こんな感じです。

  • 聖書は全世界のベストセラー
  • 聖書は救いのために書かれた霊的な本であり、不思議な本

詳しい数字はわからないけど、確かに「聖書」という書籍を知らない人はほとんどいないはず。その知名度の高さからも、広く世界的に読まれている書籍であることがわかります。

聖書とキリスト教

Step1での議題は、こんな感じでした。

キリスト教を信じることはすなわち「聖書を信じること」ということですか?その意味するところは?

キリスト教を信じることは聖書に従って、聖書に求め、歩むこと。ただし、全てを理解しなければ信じたことにならないというよりは、常に理解を深めていくような形であって、心の中にいつも生きた神様が共にいてくださると感じることが大事。

ここでなんとも微妙な回答に感じるかもしれませんが、すべてのクリスチャンが全ての聖書の内容や御心を理解しているわけではないということ。

じゃあ、クリスチャンとノンクリスチャン、キリスト者たらんとするものの違いは?ということになっていってしまいますが、一応定義があります。

クリスチャンは、聖書を霊的な物として信じて、求めて、進む。そして今も神様が自分を愛していてくれていつも一緒にいてくれることを実感することかなと思います。

キリスト教のオリジナリティ

他の宗教ではなく、なぜキリスト教なのですか??

・聖書が優れた書物であること、私たちを愛を持って作りいつもいてくださる全能の神だから。
・肉体を持って神様と人間を結ぶために対価を払って私たちに歩み寄ってくれたから。(キリスト教のオリジナリティ)
・生きた神がいつも共にいてくださるから。

これはクリスチャンファミリーでも回答に困ることがしばしば。これは、宗教のオリジナリティを考える上でとても大事な部分です。

キリスト教のオリジナリティの1つとして、「神が肉体を持って生まれた」というのがあります。

これは人間の「生」に対して肯定的であるという大きなオリジナリティだと思います。

神様は、伝説のような存在ではなく、今も一緒に私たちと一緒にいてくれる存在、生きた神、愛してくれる神、という存在だと思うから、ということではないでしょうか。

そう考えると、神さまの存在がとてもみじかに感じますよね。多くのクリスチャンが実感しているのではないでしょうか。

Step2に続きます~。

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